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2008/12/16 Tue  17:04
秋の事件「ウチのHEAVY GAUGE」

cocoが2歳の秋、風邪をひいたので総合病院を受診。

診察が終わりお会計をしている間、1人で本棚に絵本を返しに行った息子。

突然その方向から、怒鳴り声や叫び声が聞こえてきた。

振り返っても息子は見えず、走って行って息子を抱きあげた。

1人のがたいのいい女性に向けられる患者さんたちの罵声。

その女性が、通りがかりに息子を数発殴ったらしい。

それも、バウンドするほど強く。

当然ながらブチ切れたあたし、

「うちの子が何したって言うんだコラ!オマエにもやってやろうか!」

と言ったものの反応はない。

相手をとめてくださった見ず知らずの患者さんたちにお礼だけ言い、外来の端のソファーに座る。

とりあえず子供だ!

放心状態の息子、ギューっと強く抱くとやっと泣いた。

「大丈夫だよ」を私も泣きながら連発した。

その後警察を呼び、私たちは帰宅。

目立った外傷はない。

でも息子は笑わなくなった。

その日から悪夢が始まったのだ。

しゃべらない、寝ない、寝ても夜泣きで起き、突然泣きわめきながら走る。

注意力が散漫でよく転び、お話は5回言わないと理解できない(例えば「ご飯だよ」×5回)。

焦点の合わない目で意味不明なことを呟いて、たまに一人で誰かと会話してて・・・。

3日経って顔のあざと頭のこぶに気付き、やっと現実に戻った。

「病院に行かなきゃ。」

脳外科的には異常なし。

でも小児神経科では「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の診断だった。

私は仕事を辞めた。

子供が心配で心配で、どんどん神経質になっていた。

怖かった。

それまでただただ可愛いと思っていた息子の変わりように私の神経もやられた。

大事に大事に育てていたのに守れなかった、と自責しながら、加害者を恨んだ。

こんな思いをしているのに相手はのほほんと生きているという現実が許せなかった。

警察署、市役所、保健所、福祉センター・・・いろんなところに相談した。

でも結論はどこも一緒。

「相手が障害者だから責任能力はないんだよ」

そう、加害者は精神障害のある方だったのだ。

じゃあウチはどうしたらいいの?と言ったところで何も変わらない。

加害者の(デイサービスに通っているらしくその施設の)ケースワーカーには「私に言うのは畑違いだ」とまでわれた。

このケースワーカーさんいわく、加害者は私と同じ年で、騙されてデリヘルで働くような「不良」だそう。

そんなのは私たちにはどうでもいいことで、誠意を見せてほしかったのだ。

金をくれって言ってるわけでもなく、二度とこんなことをしないよう反省してほしいだけなのに。

私は精神科に通いだした。

安定剤と睡眠薬を飲みながら、息子にとっての安定剤になろうと思った。

事件のショックとフラッシュバックでいつも気持ちが不安定な息子。

それを支えようと思っても私も不安定。

その時期、保育園の園長とパパは数少ない理解者だった。

私と息子を、パパは金銭面でもしっかり支えてくれた。

園長先生は私の精神面を心配してくれ、息子が不安定な時は職員室で抱っこしてお昼寝をさせてくれたこともあった。

「保育園に連れてきて息抜きしておいで」って言ってくれた。

園を変えてもたまに電話をして相談したり、今だに園に遊びにも行く。

パパは息子が2歳になった頃からの付き合い。

結婚もしてないのにしっかり父親をして、父親役になってすぐ余計な苦労まで共有して…。

困ったとき、役所も誰も助けてはくれない。

世の中は恐ろしい魔物がどこかで潜んでいるから、いつ子供が怖い思いをするかわからない。

大人が守っていかなきゃいけない。

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テーマ : こどもの病気   ジャンル : 育児

tag : ADHD PTSD 子供 育児

2008/12/17 Wed  12:26
心療小児科、知能テスト。

cocoのIQ、言語性100くらい、動作性140くらい、全体120くらい。

85以上が普通で平均100だって。

なんとcoco、おバカだと思っていたらIQ高かった!

っつーか、知能テストって受けたことはあったけど「結果報告書」ってものは初めて見た。

すごい精確っていうか細かいって言うか・・・読んだだけで検査中の様子がみえるよう。

2枚のプリントに細か~く検査中の様子や会話が書かれていて、さすがね。

私が最初にこの検査を受けたのは小3の時に児童相談所でなんだけど、こんな結果表をうちの親はもらって読んだのかな。

当時私は確か120くらいだったけど、息子のほうが高い。

どうりでたまにcocoが言ってることの意味がわからないはずだわ。

「またおバカなこと言って~(笑)。」

なんて言ってたけど、どうやらおバカは私のほうでした。

息子は「話す・聞く」(言語性)よりも「操作する・見る・書く」(動作性)が得意なそう。

うんうん納得。

そんな所見の中でどうしても気になってしまう文面。

「小刻みに体が動いていることが多かったので・・・」

「そわそわした体や脚の動きは検査中終始見られ・・・」

これは仕方がないっちゃ仕方がないんだけどね。

「ADHD(多動性注意欠陥性障害) and/or 愛着障害 の疑い」って備考欄にある。

でもお医者さんは病気については

「保育園や小学校で指摘されたら、文書にしてもらって相談しに来てください。その都度対処法を考えましょう。」と。

この「愛着障害」って言葉に私自身が知識が無くて、しかもお医者さんも全然触れなかったから気にしてなかったんだけど、帰ってきて報告書をよく読んでいたら気になっちゃって。

で、調べたら0~3歳くらいの頃に受けた虐待やネグレクト(育児放棄)が原因、みたいなことが書いてある。

あたし虐待なんかしてた???って気持ちが増幅。

神経質すぎた時期もあったし、叱り方はキツイかもしれない。

むしろこの言葉は息子より私のほうが当てはまっているかもしれないと思うんだけど。

そんなことを考えていたら、多分この「愛着障害」って言葉には私にはまだ解っていない広い意味があるのかもしれないって結論が出た。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とも関係があるようにも思う。

結果をきいてから1日経ち、気持ちの整理が少しできてきた。

病名やその原因は何であれ、私がするべきことは1つ。

息子に普通以上の愛情を持って接し、育てること。

「普通」の定義は無いんだろうけど、少なくとも自分が子供のころに与えられた買った愛情を息子に与えなければいけない。

こうやって悩みながら頑張って育てた息子が立派に大人になった時には、感動するだろうな~。

って、まだまだなんだけどね。

テーマ : こどもの病気   ジャンル : 育児

tag : 子供 育児 ADHD PTSD

2009/01/30 Fri  17:00
検診は大事です!

病気になるまではこの手の話を聞いても

「そういう人もいるのね~、なんだか大変そうね。」

くらいにしか思っていませんでした。

「がん」という病気はある程度歳を重ねた方々の病気という先入観があったから。

実際に乳がんになって思ったのは

「なんであたしが??」

この思いはなかなか払拭できませんでした。

乳がんにかかりやすい人とは一般的には

「肥満傾向にある」「初潮年齢が早い」「肉食」

などなど言われていますが、私はどれも特には当てはまりません。

皆さん、絶対に『自分は大丈夫!』なんて過信、油断しないでください。

何も予定がない休日ができたら、検診のことを少しだけ思い出してください。

そして、数か月前の検診で異常がなくても自分でおかしいと思ったら早めに別の病院を受診しましょう!

私は検診を受けていたのに病気を見つけてもらえませんでした。

他の病院で診てもらった時には両方の乳房を「全部とる」しかない状態でした。

私の病気を見つけられなかった外科医は言いました。

「医者は万能ではないから」と。

自分の体は自分自身の「あれ?おかしいな」が大事。

自分でおかしいと思ったらやっぱりおかしいんじゃないかな・・・。

がんという病気はとても手強くて恐ろしい病気です。

でも今の時代は治る可能性がどんどん高まっているらしいです。

自分が知り合えた方やご家族、友人、恋人・・・

1人でも、私の話をきっかけに癌の悲しみを回避することができたら・・・

そんな思いで綴ります。

読んでくださる皆さんにとって、少しでも意味のあるものになることを期待します。

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 検診

2009/01/30 Fri  17:01
~術前・告知編~

産後、乳管が詰まるってよくあるみたいですね。

私も例にもれず授乳中から詰まってはマッサージをしていたものです。

授乳しなくなっても小さな腫れ(?)のようなものができたり消えたり。

でも消えるのでそれほど気にもせずにいました。

が、左胸のシコリがいつもより少し大きいような気がしてなんか気になる。

2006年12月、名医と評判のIクリニックを受診。

エコーと触診の結果、悪性ではないと診断され、若いうちはそんなに悪性ってことはないよ、と。

I外科クリニック受診から半年以上が経ち、その間に引っ越しや子供の転園などであわただしくも充実した日々を過ごしていた。

が、以前気になっていたシコリがどうもおかしい。

大きくなっているような…しかも硬くてたまに痛い。

パパに相談し、評判のいい病院を調べてもらって早速受診。

S乳腺クリニックという、落ち着いた雰囲気のクリニックでした。

お馴染みのエコーと視触診でおじいちゃん先生、

「・・・う~ん。悪性は普通痛みはないし、年齢的にもまだ・・・、でも念のため調べましょう」と。

日を改めて細胞診。

痛かったぁ。

後日、細胞診の結果を聞くためSクリニックを受診。

「左悪性、右擬陽性」って・・・。

えッ??

検査や手術など、両側同時にできる設備のあるT病院を紹介される。

意味が分からず、事の重大性に気づいたのはクリニックを出てから。

その日は子供と一緒だったので、ショックを受けたのは家に帰って子供が寝てからだった。

この月は、SクリニックとT病院を行き来しながら手術の準備と検査(針生検、MRI、マンモなどなど)に追われた。

パパは連日病院通いをする私に代わって家事や育児を頑張ってくれた。

が、そのため仕事に出る日が激減。

医療費もかさんでいたので首が回らなくなり、ついに私の親に連絡。

私、親と不仲だったので3年ほど連絡を取っていなかった。

かなり驚いたようで、意味不明なことを言っていた。

私が連絡するくらいだから相当だと思ったらしい。

数日後、子供を連れて実家に挨拶に行き、しばらくの間医療費などのお世話をしてもらえるようお願いする。

お金の心配はするな、と父。

こんな時しか親に会わないなんて親不孝だけれど、こんな娘でも頼れば受け止めてくれる親に感謝。

2007年10月9日に入院、10日が手術。

前日の手術内容の説明で、

「左は全摘します、右はどうなるか・・・」

と先生が仰っていたので、

「温存して少しでも再発のリスクが高くなるようなら全部取っちゃってください」

とお願いする。

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

2009/01/30 Fri  17:02
~入院・手術・術直後編~

当日、手術室で先生たちと顔合わせ。

S乳腺クリニックのおじいちゃん先生もいて、なぜか彼の顔を見たら安心。

先生たちに「どうか少しでもいいようにしてください」とお願い。

手術後、麻酔から覚めてすぐに「どうなりましたか?」と聞く。

「両方全摘になっちゃいました。開いてみたらダメだったんですよ・・・。」と。

そんな気がしていたから、やっぱりな~くらいしか思わなかった。

術後はとにかく痛かった!

同じ病室の患者さんたちは

「ほとんど痛くない」

とかって言ってたのに、ショボいことに私はこの日から2ヶ月くらいロキソニンのお世話になった。

けど痛いとか動けないとか騒ぐのはイヤで、翌朝は座って(ベットごと起こして)食事、2日目はシャワーを浴びて外にも出てみた。

年のせいか驚くほど早く回復し、4日目が左、5日目で右のチューブを抜き、11日で退院。

けど実生活に戻ってみると思った以上に大変で、傷からの出血がひどかったり痛かったり・・・。

「早まったかな・・・」と軽く後悔した。

傷の内出血を注射器で抜いてもらいに何度か通院し、予定より大きく遅れて術後20日で抜糸。

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 手術 全摘

2009/01/30 Fri  17:03
病状&治療計画

≪手術内容≫ (2007年10月)
 
   両側乳癌全摘
 
≪術後病理検査結果≫ (2007年10月) 
 (右)(左)

腫瘍の大きさ

1.6cm4.2cm

リンパ節転移個数

なし13/14個

進達度

リンパ管侵襲

陰性

血管侵襲

陰性

エストロゲン受容体(ER)

陽性

プロゲステロン受容体(PgR)

陽性

HER2

スコア3
 
 (ひと月後) 
≪化学療法前検査結果≫ (2007年11月)
脈管侵襲陽性
血管侵襲陽性
リンパ節転移レベル3左鎖骨下・胸骨旁
骨転移頭部・骨盤・腰椎・左右大腿骨
 
≪治療計画≫
 
2007年12月~AC療法8クール
 
2008年 5月~ハーセプチン(週1回 無期限)
 
          パクリタキセル(アレルギーにより中止)
 
          ゾメタ(3週に1回 無期限)
 
          リュープリン(3ヶ月に1回 無期限)
                                               おなかに注射

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 治療

2009/01/30 Fri  17:04
~術後・化学療法まで~

抜糸をしたのでだいぶ楽になり、とはいえ今までのようには動けず・・・。

今後の治療方針を聞くため、パパと父、cocoと私で病院へ。

予想以上のヘビーな内容に、みんな言葉を失う。

帰り、父は一生懸命明るく振る舞っていた。

とりあえず父と別れて家に帰る。

パパは・・・すごく苛立っている様子。

病気になってからパパは、何をしてやればいいのかとか、私の気持ちを察しようとか一生懸命だったと思う。

けど、あまりにも懸命過ぎて冷静さを欠いてしまっていたようにも思う。

パパは相変わらず仕事より子供と私の心配ばかり。

出掛けていても家にいる私に電話してきて、ガーゼを替えてると言えば飛んで帰ってくる。

私だって頑張ればできるから今までどおりにやって!という私の思い。

心配なんだよ!っていうパパの思い。

お互いの「こっちの気持ちに気付いて!!」という思いをため込んで、些細なことをきっかけに喧嘩、暴発。

「そんなヤツとはもう一緒には暮らせない。」

「わかった、すがる気なんてないわ!」

と、売り言葉に買い言葉。

寝ているcocoを抱いて当面の荷物を持って、最終の新幹線で実家に転がり込んだ。

親元に戻ってきたものの、疎通だったので何をどう話していいのか分からない。

もう何年も親とは会っていなかったし、まるで他人並み。

とりあえず何日か掛けて近況報告。

出てきた経緯、母子家庭でパパとは内縁な事、子供が1歳のころから一緒に暮らしていること、子供の病気(PTSD)についてなど。親は特に口も出さずに聞いてくれた。

ただ、パパに対する見かただけは私とは違った。

「自分の子じゃなくても大事にしてくれたパパ。家庭、家族を思う人。私がこうなったから彼の人生まで狂わせてしまった。」

と反省や後悔をする私。

でも親は「そう思う気持ちはわかる。でもお前が悪いんじゃない。こんな状況で、喧嘩したとはいえよく出せたな」と。

・・・確かにそうかもしれないけど。

親バカな父はパパのことを批判的に見ていた。

術後1ヶ月が経とうとしていた。

早く治療を始めなければと焦る。

と同居は難しいのでお部屋を借りた。

引っ越しや手続き、子供の保育園など時間がかかることばかり。

他県に住んでいたので、荷物整理に行くのもお金もかかる。

傷の痛みを鎮痛剤でごまかしながら、たまに父に手伝ってもらいながら、どうにか落ち着いた。

今後の治療費用のこともあるので生活保護を受給することに。

これで治療に専念できる、と安心しつつ、紹介状を持って市内のC病院を受診。

術後ひと月、ここで転移があることを告げられる。

     ・脈管侵襲 陽性

     ・血管侵襲 陽性

     ・左鎖骨下、胸骨旁リンパ節転移 レベル3

     ・骨転移あり(頭部・骨盤・左右大腿骨)

悪いところを取れば治ると思ったから両方全摘でも諦めたのに・・・。

取っても治らないじゃないか!

その後すぐに化学療法(抗がん剤AC)が始まる。

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん

2009/09/30 Wed  17:15
両側乳がん全摘後2年の画像。

私自身、術前に乳房全摘について散々調べました。

でも術式の違いなどからイメージがつかめなかったことを思い出しています。

毎夜、怖くて泣いていました。

だからここに、「私の場合」を載せたいと思います。

ちなみに、私としてはキレイなほうだと思っています。

DSC03011.jpg

日焼けのあとの方が気になるかも(笑)。

DSC03020.jpg

下の画像は、よ~く見ると中央下部にドレーンの穴の痕があります。

ってか、おデブですいませ~ん202

 

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   少しでも、誰かの参考になればいいな・・・。

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テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 全摘 画像

2010/02/09 Tue  14:00
hina家の歴史 ~パパ(元内縁の夫)~

バツイチについての偏見的なコメントが入るので、hina家の歴史をまえがきとして暴露します。

さらに偏見を深めるかもしれないリスクもあるのでコメント欄は閉じます。

読み流してくださいね


hina家の歴史 ~元夫~  からの続きです。


調停では私の仕事についても元夫は親権の争点にしようとしましたが、調停員さんは

「子供にお金がかかる時期。状況によっては仕方がないこと。その中でも昼に働いてできるだけ子供といる時間を作っていたことに共感もできる。落ち着いたら別の仕事を探しましょう」と言ってくれました。

親権は当然ながら私。

調停離婚のほとぼりも冷め、私はcocoと地元に戻り部屋を借りました。

母子家庭で子供が小さいせいか仕事もなかなか決まらず、やっと親切にしてくれるお店にめぐり合いました。

そのお店の店長さんは私が仕事で抜けれない時はcocoの託児所に迎えに行ったり、風邪で託児所を休ませると仕事中面倒を見たりしてくれていました。

いつしかcocoはその店長を「パパ」と呼び、そこの社長を「じいじ」と呼ぶようになりました。

それから数ヶ月が経ち、私は店長と付き合うようになりました。

仕事が終わるとcocoと私の家に来て、朝、普通に仕事に行く。

休みは一緒に出掛ける。

でも入籍や結婚はしていません。


付き合って3年経ち、私たちは仙台に部屋を借りていよいよ籍を入れようと言うことになりました。

仙台に引っ越し、世帯を一緒にして着実に進むかに見えました。

でも2か月もしないうちに私の乳がんが発覚。

治療に莫大なお金がかかるのに、パパはその時店長職ではなかったので収入も少ない。

貯金はどんどん医療費と生活費に流れ、入籍どころではなかった。


(この続きは ~術後・化学療法まで~ )



だから私たちはその元店長をパパと呼び、元内縁の夫と表現しています。

とっても理解が面倒な関係なのでこれまで説明もしてなくてすみません。

ちなみに今も、一緒には住んでいません。

たまに寄ってお話したり、たまに一緒にお出掛けする程度。

パパと呼んではいるものの、今はお友達なんです。

 

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tag : 子供 育児 乳がん

2010/02/09 Tue  14:07
hina家の歴史 ~元夫~

バツイチについての偏見的なコメントが入るので、hina家の歴史をまえがきとして暴露します。

さらに偏見を深めるかもしれないリスクもあるのでコメント欄は閉じます。

読み流してくださいね




1980年生まれの私(hina)と、2004年生まれのcocoの2人家族です。

cocoが9ヶ月の時に別居、その後調停離婚しました。


事が進むごとに明るみに出る、元夫の過去。


同棲したら、彼の荷物に子供の写真…実は結婚歴があり息子がいました。

妊娠して産むと言ったら「籍を入れると警察に見つかる。窃盗・詐欺で指名手配中だ」と。

籍を入れ、出産後拘置所に入っている間に警察から電話で婦女暴行の前科もあることを聞かされる。


それら全てを、元夫は自分の親と一緒に私に隠し、ウソをついていた。

そして決定打は、出所してから私の父の会社で働いている時に元夫のポケットから注射器を発見したこと。

「過去は変えれない。だからこれからちゃんと頑張ればいいじゃん。cocoもいるし。」

って思ってたけど堪忍袋の緒は切れました。

9ヶ月のcocoを連れて東京に家出をしました。

風俗で働きながらホテルで暮らし、泣きながらどうにかcocoを育てました。

 

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tag : 子供 育児 離婚 前科

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