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2009/01/30 Fri  17:00
検診は大事です!

病気になるまではこの手の話を聞いても

「そういう人もいるのね~、なんだか大変そうね。」

くらいにしか思っていませんでした。

「がん」という病気はある程度歳を重ねた方々の病気という先入観があったから。

実際に乳がんになって思ったのは

「なんであたしが??」

この思いはなかなか払拭できませんでした。

乳がんにかかりやすい人とは一般的には

「肥満傾向にある」「初潮年齢が早い」「肉食」

などなど言われていますが、私はどれも特には当てはまりません。

皆さん、絶対に『自分は大丈夫!』なんて過信、油断しないでください。

何も予定がない休日ができたら、検診のことを少しだけ思い出してください。

そして、数か月前の検診で異常がなくても自分でおかしいと思ったら早めに別の病院を受診しましょう!

私は検診を受けていたのに病気を見つけてもらえませんでした。

他の病院で診てもらった時には両方の乳房を「全部とる」しかない状態でした。

私の病気を見つけられなかった外科医は言いました。

「医者は万能ではないから」と。

自分の体は自分自身の「あれ?おかしいな」が大事。

自分でおかしいと思ったらやっぱりおかしいんじゃないかな・・・。

がんという病気はとても手強くて恐ろしい病気です。

でも今の時代は治る可能性がどんどん高まっているらしいです。

自分が知り合えた方やご家族、友人、恋人・・・

1人でも、私の話をきっかけに癌の悲しみを回避することができたら・・・

そんな思いで綴ります。

読んでくださる皆さんにとって、少しでも意味のあるものになることを期待します。

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テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 検診

2009/01/30 Fri  17:01
~術前・告知編~

産後、乳管が詰まるってよくあるみたいですね。

私も例にもれず授乳中から詰まってはマッサージをしていたものです。

授乳しなくなっても小さな腫れ(?)のようなものができたり消えたり。

でも消えるのでそれほど気にもせずにいました。

が、左胸のシコリがいつもより少し大きいような気がしてなんか気になる。

2006年12月、名医と評判のIクリニックを受診。

エコーと触診の結果、悪性ではないと診断され、若いうちはそんなに悪性ってことはないよ、と。

I外科クリニック受診から半年以上が経ち、その間に引っ越しや子供の転園などであわただしくも充実した日々を過ごしていた。

が、以前気になっていたシコリがどうもおかしい。

大きくなっているような…しかも硬くてたまに痛い。

パパに相談し、評判のいい病院を調べてもらって早速受診。

S乳腺クリニックという、落ち着いた雰囲気のクリニックでした。

お馴染みのエコーと視触診でおじいちゃん先生、

「・・・う~ん。悪性は普通痛みはないし、年齢的にもまだ・・・、でも念のため調べましょう」と。

日を改めて細胞診。

痛かったぁ。

後日、細胞診の結果を聞くためSクリニックを受診。

「左悪性、右擬陽性」って・・・。

えッ??

検査や手術など、両側同時にできる設備のあるT病院を紹介される。

意味が分からず、事の重大性に気づいたのはクリニックを出てから。

その日は子供と一緒だったので、ショックを受けたのは家に帰って子供が寝てからだった。

この月は、SクリニックとT病院を行き来しながら手術の準備と検査(針生検、MRI、マンモなどなど)に追われた。

パパは連日病院通いをする私に代わって家事や育児を頑張ってくれた。

が、そのため仕事に出る日が激減。

医療費もかさんでいたので首が回らなくなり、ついに私の親に連絡。

私、親と不仲だったので3年ほど連絡を取っていなかった。

かなり驚いたようで、意味不明なことを言っていた。

私が連絡するくらいだから相当だと思ったらしい。

数日後、子供を連れて実家に挨拶に行き、しばらくの間医療費などのお世話をしてもらえるようお願いする。

お金の心配はするな、と父。

こんな時しか親に会わないなんて親不孝だけれど、こんな娘でも頼れば受け止めてくれる親に感謝。

2007年10月9日に入院、10日が手術。

前日の手術内容の説明で、

「左は全摘します、右はどうなるか・・・」

と先生が仰っていたので、

「温存して少しでも再発のリスクが高くなるようなら全部取っちゃってください」

とお願いする。

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

2009/01/30 Fri  17:02
~入院・手術・術直後編~

当日、手術室で先生たちと顔合わせ。

S乳腺クリニックのおじいちゃん先生もいて、なぜか彼の顔を見たら安心。

先生たちに「どうか少しでもいいようにしてください」とお願い。

手術後、麻酔から覚めてすぐに「どうなりましたか?」と聞く。

「両方全摘になっちゃいました。開いてみたらダメだったんですよ・・・。」と。

そんな気がしていたから、やっぱりな~くらいしか思わなかった。

術後はとにかく痛かった!

同じ病室の患者さんたちは

「ほとんど痛くない」

とかって言ってたのに、ショボいことに私はこの日から2ヶ月くらいロキソニンのお世話になった。

けど痛いとか動けないとか騒ぐのはイヤで、翌朝は座って(ベットごと起こして)食事、2日目はシャワーを浴びて外にも出てみた。

年のせいか驚くほど早く回復し、4日目が左、5日目で右のチューブを抜き、11日で退院。

けど実生活に戻ってみると思った以上に大変で、傷からの出血がひどかったり痛かったり・・・。

「早まったかな・・・」と軽く後悔した。

傷の内出血を注射器で抜いてもらいに何度か通院し、予定より大きく遅れて術後20日で抜糸。

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 手術 全摘

2009/01/30 Fri  17:03
病状&治療計画

≪手術内容≫ (2007年10月)
 
   両側乳癌全摘
 
≪術後病理検査結果≫ (2007年10月) 
 (右)(左)

腫瘍の大きさ

1.6cm4.2cm

リンパ節転移個数

なし13/14個

進達度

リンパ管侵襲

陰性

血管侵襲

陰性

エストロゲン受容体(ER)

陽性

プロゲステロン受容体(PgR)

陽性

HER2

スコア3
 
 (ひと月後) 
≪化学療法前検査結果≫ (2007年11月)
脈管侵襲陽性
血管侵襲陽性
リンパ節転移レベル3左鎖骨下・胸骨旁
骨転移頭部・骨盤・腰椎・左右大腿骨
 
≪治療計画≫
 
2007年12月~AC療法8クール
 
2008年 5月~ハーセプチン(週1回 無期限)
 
          パクリタキセル(アレルギーにより中止)
 
          ゾメタ(3週に1回 無期限)
 
          リュープリン(3ヶ月に1回 無期限)
                                               おなかに注射

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 治療

2009/01/30 Fri  17:04
~術後・化学療法まで~

抜糸をしたのでだいぶ楽になり、とはいえ今までのようには動けず・・・。

今後の治療方針を聞くため、パパと父、cocoと私で病院へ。

予想以上のヘビーな内容に、みんな言葉を失う。

帰り、父は一生懸命明るく振る舞っていた。

とりあえず父と別れて家に帰る。

パパは・・・すごく苛立っている様子。

病気になってからパパは、何をしてやればいいのかとか、私の気持ちを察しようとか一生懸命だったと思う。

けど、あまりにも懸命過ぎて冷静さを欠いてしまっていたようにも思う。

パパは相変わらず仕事より子供と私の心配ばかり。

出掛けていても家にいる私に電話してきて、ガーゼを替えてると言えば飛んで帰ってくる。

私だって頑張ればできるから今までどおりにやって!という私の思い。

心配なんだよ!っていうパパの思い。

お互いの「こっちの気持ちに気付いて!!」という思いをため込んで、些細なことをきっかけに喧嘩、暴発。

「そんなヤツとはもう一緒には暮らせない。」

「わかった、すがる気なんてないわ!」

と、売り言葉に買い言葉。

寝ているcocoを抱いて当面の荷物を持って、最終の新幹線で実家に転がり込んだ。

親元に戻ってきたものの、疎通だったので何をどう話していいのか分からない。

もう何年も親とは会っていなかったし、まるで他人並み。

とりあえず何日か掛けて近況報告。

出てきた経緯、母子家庭でパパとは内縁な事、子供が1歳のころから一緒に暮らしていること、子供の病気(PTSD)についてなど。親は特に口も出さずに聞いてくれた。

ただ、パパに対する見かただけは私とは違った。

「自分の子じゃなくても大事にしてくれたパパ。家庭、家族を思う人。私がこうなったから彼の人生まで狂わせてしまった。」

と反省や後悔をする私。

でも親は「そう思う気持ちはわかる。でもお前が悪いんじゃない。こんな状況で、喧嘩したとはいえよく出せたな」と。

・・・確かにそうかもしれないけど。

親バカな父はパパのことを批判的に見ていた。

術後1ヶ月が経とうとしていた。

早く治療を始めなければと焦る。

と同居は難しいのでお部屋を借りた。

引っ越しや手続き、子供の保育園など時間がかかることばかり。

他県に住んでいたので、荷物整理に行くのもお金もかかる。

傷の痛みを鎮痛剤でごまかしながら、たまに父に手伝ってもらいながら、どうにか落ち着いた。

今後の治療費用のこともあるので生活保護を受給することに。

これで治療に専念できる、と安心しつつ、紹介状を持って市内のC病院を受診。

術後ひと月、ここで転移があることを告げられる。

     ・脈管侵襲 陽性

     ・血管侵襲 陽性

     ・左鎖骨下、胸骨旁リンパ節転移 レベル3

     ・骨転移あり(頭部・骨盤・左右大腿骨)

悪いところを取れば治ると思ったから両方全摘でも諦めたのに・・・。

取っても治らないじゃないか!

その後すぐに化学療法(抗がん剤AC)が始まる。

テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん

2009/09/30 Wed  17:15
両側乳がん全摘後2年の画像。

私自身、術前に乳房全摘について散々調べました。

でも術式の違いなどからイメージがつかめなかったことを思い出しています。

毎夜、怖くて泣いていました。

だからここに、「私の場合」を載せたいと思います。

ちなみに、私としてはキレイなほうだと思っています。

DSC03011.jpg

日焼けのあとの方が気になるかも(笑)。

DSC03020.jpg

下の画像は、よ~く見ると中央下部にドレーンの穴の痕があります。

ってか、おデブですいませ~ん202

 

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   少しでも、誰かの参考になればいいな・・・。

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テーマ : 医療・病気・治療   ジャンル : 心と身体

tag : 乳がん 全摘 画像

2012/11/17 Sat  16:29
術後化学療法開始から5年!

すご~いっ!

「5年生存率云々・・・」なんていうけど、ついに突破しました

5年前のステージ4の告知。

あんなに余命に怯えてた日々がまるでウソみたい。

今でも転移再発治療(ハーセプチン点滴&抗ホルモン療法)は継続してるけど、元気ッ!!

今年は両側再建も並行してがんばった!

お金もバンバンかかったので、ドレス着てキャバ嬢なんぞやっちゃって・・・

両側全摘したくせに、アホや~ん(〃∇〃)

内緒ですぞ。。。。。

来年は1月8日に、今ちょっと右だけ不自然な引き連れがあるので修正手術。

ついでに乳頭再建もすることになりました

「胸がない(絶壁)」「髪がない」をやっとのことで克服。

時間もお金もかかってしまっているけど、諦めなければどうにかなるみたい。

さんざん愚痴を聞いて相談に乗ってくれて遊んでくれて、そんな皆さんのおかげです

ありがとう

tag : 乳がん 生存率

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「hina」

Author:「hina」
大切な子どもや友達・
大好きなGLAYの曲に
支えられながら
癌と共生のシングルマザー。
元気にやっています。
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